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大体はやむのページ
本人の経歴とかそんなものの情報。
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やむの昔話
過去の色々な作品。チームを作って実現した物や、個人的な興味でやってみたもの。 ■起業 2007 年 時期もいい感じだし、起業してみた。 これから面白いことをたくさんやっていくつもりです。 よろしくお願いします。 ■ちゃばしら 2004 年製 10分程度の簡単なムービー。茶筒の世界を中心にくりひろげられる、とある茎の物語です。 約3ヶ月と言う短い期間でしたが、大体5名くらいで作成されたもので、僕は、ストーリーの原案と、音楽作曲、音響効果を担当しました。 かなり手抜きですが。 色々あってまだ公開できない状態ですが、もう少ししたらアップします。
■IT Text コンピュータグラフィックス 2003 年第2章の部分を担当して執筆した記憶があるが、ついに教科書として発売された様子。 外国語圏教授の翻訳を担当した人がいるらしいが、そこに危うさが残る本です。 たまに一部の大学で教科書として利用されているようだが、レビューを見たりすると、評判はあまり良くない。 ■某大手企業に就職 2002 年 この某大手は当時新規サービスを拡大すると言う触れ込みで募集していたので、内定もらえたときは嬉しかったが、入ってみたら新規サービス開発の路線はもうやめると言う経営的判断により、志望していた部署ごと無くなっていた。 これはショックだった…。 でもたくさんの人々に出会えたし、色々と勉強になりました。 とても居心地が良くて、もっと働きたかった気持ちが強かったのだけれど、昔からやりたかった事もあったし、ちょうど5年経ったので一つの区切りとして辞めて新しい挑戦をしてみることにした。
■Sparklegate 3 Project 2002 年大学卒業時に設立した課外授業(SCCPと呼ぶ)。2005年に後輩もみんな卒業してしまったのでSCCPは終了し、社会人だけのグループになった。 かねてよりJavaに移植したいと言っていたコミュニティツールをみんなで書くプロジェクト。 開設初期の段階から、ワークフローエンジンやらを意識し、大学内でプレゼンをしたが、返って混乱を招いたかも。 色んな人にビジョンを語って内容は整理してきたつもりだが、でも言っている事の本質は何も変わっていないはず。 現在継続中だが、就職してから趣味が何も進んでいないのが判る感じ。
■修士論文 2002 年遠隔操作可能なロボットと仮想現実の連動について。 当時は音響の面でのVirtual Realityが専門でした。 プレゼンは普通のパワポでやるのが飽き飽きしていたので、3Dなプレゼンツールを自作して発表した。 発表会では内容はともかく、これを見るために人が集まっていたような気がする。 そしてマルテンス教授の評価は"Sexy"でした。ハイ。 画面はプレゼンツールに埋め込んだCGと現実のミキシングデモ。
■ぱこ 2001 年製Virtual Reality の催し物に出展した作品で、12 人のメンバーと共に、開発に1年を費やしました。 ハードだけで360万かかっています。 今回挑戦した部分は、これ専用の新しいデバイスの部分です。 部品を組み合わせるレベルですが、意図したデバイスを構築。 色々と試行錯誤を繰り返した結果、何とかそれらしい形になりました。 4台のデバイスと5台のPCを使ってネットワーク連動もします。 詳しい紹介は下記へどうぞ。 ■卒業研究 2000年 立体音響による音声と、3D空間が連動したチャットについて。 ネットワークオーディオストリームのプログラムを書いた記憶がある。 TORSOのキャラをそのままアバターとして登場させたので、卒論デモでは血まみれの男がシュールに歩き、しゃべる、不思議な世界が誕生。 ■Sparklegate 2000年製 2000年問題がどうなるか見たくて、正月研究室でネットワークの監視をしている間、暇だったので始めたプロジェクト。 永続的な認証サーバを構築し、CGIやPHPなどと連携。 単一ドメイン内でシングルサインオンするシステムをベースに、コンテンツを拡張できる仕組みを持っていて、以前公開していたメールゲームの中で必要性を感じていた部分をインフラ化したもの。 コミュニティツールと言う位置づけで公開され、後にC/C++によるチャット、掲示板、ゲーム「ぴのこ村」、PHPによる「日記屋さん」「オフラインミーティング支援機能」、Javaによる「リバーシ」が提供されたり、認証サーバを中心に2002年になる前までは、新規コンテンツが次々展開されることになる。 それ以後は追加なしに、たまに大きなトラブルを起こしながら今もなお動き続けている代物。 2002年にJavaに移植したい、フレームワーク書きたい、と言い残し、課外授業(SCCPと呼ぶ)を開設して、なぜか卒業。
■TORSO 1999 年製Virtual Reality の催し物に出展した作品で、12 人の初期メンバーと共に、開発に1年を費やしました。 ハードだけで240万かかっています。 見所は陰影のある綺麗なグラフィック、HMD、立体音響、反作用ジョイスティック対応、通信による2人同時協力プレイと言う部分です。 今までの自作フォーマットXG/XGC/XGS はプログラムのユーティリティとしては便利だったのですが、データの作成が面倒で、どう考えても効率的ではなかったので、全く新しく XGM と言うフォーマットを作りました。 このフォーマットを使って、Maya Plugin を作り、Maya の情報をそのままダイレクトに XGM へ出力できるようにしました。 これによって、プログラムの仕様と制約がデザインに比較的影響しなくなり、デザイナーのイメージ通りのデータが簡単に作れるようになり、当時としては高画質な映像が得られました。 また、クロスプラットフォームを意識したプログラミングによって、当初 SGI Workstation O2 で作成していたところ、急拠 Windows で展示される事になっても、移植作業が1日で完了。 ソフトウェアのアーキテクチャとはかくも重要なものです。 この作品の紹介は下記へどうぞ。
■パステル画 1999年製この頃からパステル画を始める。 ハードパステルを水筆でのばして行く方法で描き、仕上げで極細の油性ペンのアクセントを入れていきます。 このモデルを選んだ理由ですが、当時浜崎あゆみがどんな者かよく分からなかったけど、マンガっぽい顔で描きやすそうだったから。 友達に描いてほしいものを聞いたらこの元絵となる写真を見せてくれました。 絵はがきに描いて送ったもので、今は僕の手元にはありません。 ■メールゲーム MSX 1998年製 Webで遊べるように作った初のCGIゲームです。元々、パソコン通信で動くBBS用に設計されたシステムです。 それが某所で没になったのが悔しくて、apacheで動くように、htmlのFormインターフェイスをくっつけて公開しました。 当時まだこの手のゲームが目新しかったらしく、200名くらいが遊んでくれました。 今でも当時ネットで知り合った友達と交流があります。 残念ながら、1年くらい運営してHDDトラブルで消滅してしまいました。
■たこやき君 1998 年製通信で遊ぶ鬼ゴッコゲームです。広大な遺跡のような場所を駆け抜ける『たこやき君』は、自作フォーマットXGS を利用して動いています。 このゲームで可能にしたかったテーマは XGS の欠点を探す事、大量のポリゴンをいかに高速に描画するか、ネットワークにストリーム通信を使う、と言う点です。 マシンも SGI Workstation O2 になった事で、テクスチャの転送が高速になり、テクスチャに依存したライティングの無い映像で高速化を図ったり、ポリゴン種類によって描画順序やデータのコレクションを行ったり、クリッピングを効率的にし、OpenGL の色々なパラメータを調整すると言った部分で、やっと OpenGL がどんな物なのかが分かって来たと言う段階です。
■Submitted Action 1998 年製関節の制御を考えてそれのテスト動作をさせました。XGC と言うフォーマットの上位層にまた関節の情報や、アニメーションの機能を追加したわけです。 これでやっとロボットを好きなように踊らせたりできるようになりました。 このフォーマットを XGS と名付けました。 モデリングは、Alias|Wavefront 社の Director と言うツールを使い、関節の情報は、専用のエディタを書きました。 これが面倒で、決まった動きしかできず、もっと簡単な新しい方法を模索する必要性を強く感じたところです。
■Drop 1998 年製何気なく色々調べていたら、「砂」と言うアプリケーションを作った面白いページを発見したので、早速 X Window System へ移植、改造したと言う物です。 アイディアが良いですよね。 下記のリンクからオリジナルである Windows 版製作者のページへ行けます。 ボーっと眺めて遊べるのが魅力。 僕の書いたコードには役に立たないMakefileが付いています。 直してください。
OpenGL で作られたシューティングゲームです。 XBombers を公開し、学内の方から色々メールをいただいたりして、知合いが増えた事で活動基盤ができまして、そのメンバーでチームを作って行われたプロジェクトのひとつです。 さて、OpenGL を使い始めてちまちま実験を繰り返し、結局前作 XGenocider で作った XG と言うフォーマットを利用し、その上の層でマテリアル情報を追加、テクスチャや色の指定ができるようになりました。新しいフォーマットの名前は XGC としました。 早速使ってみたのがこの映像です。実際テクスチャが張られている絵が少ないのは、INDY と言う SGI のマシンの処理が遅かったからです。 このゲーム中でまた問題が出てきまして、それは、関節を持ったキャラクターの挙動制御がとても大変だったと言う事です。
■XGenocider 1997 年製OpenGL を勉強がてら始めて使った作品ですが、結局完成しませんでした。 このゲームは自らの頭文字を取って XG と言う独自のモデルフォーマットを作って構成されていますが、これが実に弱いフォーマットで、座標情報しか持っていないのでした。 そのおかげで、画面のように単色のマテリアル情報しか与えられない、と言う結果になって、見栄えが全くしませんでした。 SGI Workstation である INDY の上で動作します。
■XBombers 1997 年製X Window System の上で作った初のゲームです。 今で言うネットワーク対戦を可能にしており、最大8人が同時に参戦できる生き残り型のアクションゲームです。 最初に操作性や攻撃の異なるキャラクターを選んで、戦場へ乗り込みます。 どのプレイヤーも、爆弾を投げる事ができるのですが、これを相手に直接ぶつけても何も意味がないと言うのがミソです。 爆弾はただ地面を吹き飛ばして、穴を開けるだけの道具で、相手はおろか、自分もそこに落ちると死んでしまいます。 画面は友人の作った 3D ワイヤーフレームのライブラリを利用して描画されます。 大学内でアナウンスし、公開しました。 ■PC9800シリーズ用ソフト乱発 1996 年製
■でるだまっ 1995 年製高校生の時に C言語を学んで最初に作った PC-9800 シリーズ用のパズルゲームです。 当時流行していた落ち物パズルと言うやつで、学校祭への展示を目標にして作成したものです。 ルールは単純で、半キャラずつずれて動く2組1対の玉を落とし、コロコロ転がして同色で基本形を作ると消えると言う物です。 フレームワークのテストと称してWindowsで動く簡易バージョンを作ってみました。 あとは、Z80アセンブリでFM音源ドライバやら、並列PCM再生機能、RPGみたいなマップスクロール機能など何か色々書いた記憶があります。 ■演劇システム 1992 年製 色々問題を起こした学園祭の演劇。 当時中学3年生だったが、どの演劇も紙に描いて吊るすだけの背景だったり、脚本の違いだけと言う点でつまらなかったので、アニメーションするCGを背景としてプロジェクションしたり、サウンドをシンクロしたりする仕組みを作って公演した。 すべてを新しくしたくて、色々導入した結果、問題が発生。 公演中に煙の演出をすることになったが、ドライアイスではなく、なんとバルサン2個を噴射したのだ。 当然急遽演劇は中断となり、全員避難。 次年度の学園祭では演劇の規模が縮小となった。ごめん。
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